株式会社を設立する際に決めることの一つとして『取締役の任期』があります。
お客様から「取締役の任期はマックス(最長)でお願いします!」と言われることが多いです。
確かに任期を最長に設定することによるメリットもあるのですが、場合によっては大きなリスクになりかねません。
今回のコラムでは、取締役の任期に関する法律の規定から、任期を最長にすることのメリット、リスク、状況に応じてどのように設定するのがお勧めかご紹介させていただきます。
取締役の任期に関する法律の規定
先ずは取締役の任期に関する法律の規定をご紹介します。
会社法第332条
取締役の任期は、選任後二年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。ただし、定款又は株主総会の決議によって、その任期を短縮することを妨げない。
これが原則の条文です。
この条文の詳しい説明をするとコラム1記事になってしまうので、その説明は別の記事ですることとします。
簡単に『二年』のところだけ注目してください。
上記の条文には続き(第2項)があります。
次のとおりです。
2 前項の規定は、公開会社でない株式会社(監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除く。)において、定款によって、同項の任期を選任後十年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで伸長することを妨げない。
公開会社とか、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社なんていう難しそうな言葉が並んでいますが、今回は無視で大丈夫です。
『十年』のところに注目してください。
1つ目の条文と2つ目の条文を併せると、次のような感じです。
- 定款で取締役の任期について何も定めなければ取締役の任期は2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで。
- 定款で定めることによって、取締役の任期はいくらでも短縮できるし、10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで伸長することができる。(ただし、公開会社では取締役の任期を伸長できないし、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社はそもそもルールが違う。)
取締役の任期の原則が『2年』以内に終了する・・・なのは分かったし、それを短縮することができるのも、『10年』以内に終了する・・・まで伸長できるのも分かった。
コラムの冒頭で、
「取締役の任期はマックス(最長)でお願いします!」
と言われることが多いと申し上げましたが、それは何故でしょうか?
取締役の任期を伸長することのメリット
取締役の任期を伸長することのメリットは、大きくは次の2つです。
- 取締役再任の手続の回数を減らせる。
- 取締役再任にかかる登記費用を抑えられる。
上記1に関して、任期満了後に同じ取締役が続投する場合でも、株主総会を開いて同じ取締役を選任しなおさなければいけません。
とは言っても、通常のケースでは定時株主総会(毎年一定の時期に必ず開催しなければならない)で取締役を選任するので、この手続自体は負担にならないかと思います。
しかし、任期満了後に取締役を選任した場合、たとえ取締役のメンバーが前後で変わらなくても、取締役の再任登記をしなければなりません。
そして、取締役の再任登記には、費用(法務局で払う印紙税⇒1万円又は3万円、司法書士に依頼した場合は司法書士報酬⇒4万円程)がかかります。
取締役の任期について、定款で何も定めなかった場合は、基本的には2年おきに上記の手続と費用が発生します。
しかし、仮に取締役の任期を『10年』以内に終了する・・・に伸長しておけば、約10年間は登記の手続をしなくて済み、その費用も抑えることができます。
こんな話を聞いたら、「絶対『10年』以内に終了する・・・に伸長した方がいいじゃん!」と思われるかと思います。
しかし、良いことばかりではありません。
取締役の任期を伸長することのリスク
いいことがあれば反面、リスクもあります。
- 気付かないうちに任期切れになってしまう可能性が高くなる
- 取締役を解任する場合、取締役から損害賠償請求をされる可能性が高い
上記の1は分かり易いかと思います。
2年ごとに取締役の再任の手続をしていた場合は、恒例行事のように「あ、今年は役員再任の時期だから、登記しなきゃ!」と思い出しやすいので、再任の手続や、それに伴う登記手続きを忘れてしまう可能性は低いです。
逆に取締役の任期を10年にしている会社は、役員の再任をしなければならないという考えがすっかり抜けてしまっていることが多いので、再任登記をかなり忘れがちです。
役員選任の登記とは全くの別件で新規のお客様から登記のご依頼をいただいたケースで、会社の登記簿謄本を確認してみると、役員が就任してから既に10数年経ってしまっているというケースは非常に多いです。
因みにこの場合、次のような罰則があります。
- 取締役の選任手続を怠った(又は、登記手続きを怠った)として、会社の代表取締役個人に罰金(過料といいます。)が科せられる。いくらの罰金になるかは完全なブラックボックスですが私の感覚からして役員任期を10年にしているケースで手続きを怠った場合の過料は結構な高額になる印象です。
- 12年以上全く登記が行われていないと、一定の手続を踏んだ末に会社が『みなし解散』されてしまう。みなし解散については、別の記事でご紹介します!
そして、もっと怖いのは2の取締役を解任する場合、取締役から損害賠償請求をされる可能性が高いというものです。
これは、会社法の条文をご紹介します。
会社法第339条
役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
取締役は勿論、会社の役員です。
取締役は、いつでも株主総会の決議で解任できるといっています。
この条文には続き(第2項)があります。
2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
『解任された取締役は、会社に対して損害賠償請求できる!』と言っています。
じゃあ、その金額はいくらくらなんでしょうか?
『解任によって生じた損害』と言っています。
実はこれ、通常のケースでは、残りの任期分の役員報酬全額になる可能性が高いです。
例えば、役員任期を10年に伸長している会社が設立して1年を経過した時点である取締役を解任したとします。
そうすると、会社は解任した(元)取締役に対して残り9年分の役員報酬を支払わなければならないのです。
仮に役員報酬を月額20万円と定めていた場合、2160万円(20万円×12か月×9年)の支払いになってしまいます・・・。
残り9年間は(既に部外者だから)一切仕事をしてもらわないのにこんな多額払うなんて・・・という感じですよね。
「救いの道はないの?」
可能性はゼロではありません。
条文(第2項)にその解任について正当な理由がある場合を除きと書かれています。
解任する正当な理由があるのであれば、そもそも取締役は損害賠償請求ができないのです。
しかし、この正当理由が認められるようにするのは、かなり難しいです。
少なくとも「意見が合わなくなった」とか、「向かうべき方向性にずれが生じてきた」「気に食わない」とかそんな理由じゃ正当な理由にはなりません。
任期伸長のリスク、感じていただけたのではないかと思います。
取締役の任期、どうするのがいいの??
では、結局のところ、取締役の任期はどのように設定するのが良いのでしょうか。
私が、会社設立時にお客様から相談を受けるケースでは、次のようにアドバイスさせていただいております。
一人株主=一人取締役のケース
任期は10年で設定をお勧めしてます。
株主と取締役が同一人物で、しかも一人なら意見の割れようがありません。
任期伸長するリスクが少ないので、10年での設定をお勧めしています。
取締役が複数のケース
基本的には、任期は2年の設定をお勧めしています。
株主と取締役のうち誰かが決別してしまったときに、解任による損害賠償請求のリスクがあるからです。
しかし、株主の全員と取締役の全員が同一世帯の家族のようなケースでは、そうでないケースに比べてリスクは低いかとは思います。
株主が複数で、取締役が一人のケース
株主のうち一人が会社の大半の株式を持っていて(会社の株式の67%以上)、且つその方が、唯一の取締役のケースでは、任期は10年の設定をお勧めしています。
67%以上の株式を保有する株主は、会社の殆どのことを一存で決めることができ、その株主と取締役の意見が割れる可能性がないからです。
各株主の株式の保有数がまばらな場合は、解任による損害賠償請求のリスクがあるので、2年での設定をお勧めしています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
定款作成時のほんの一か所である取締役の任期一つを取っても、どのように設定するかで設立する会社のメリットにもリスクにもなり得ます。
最近では、自分で会社設立登記の書類を作成するサイトなんかも沢山出回っています。
こういったサイトのサービスを利用しても、確かに形式的に登記を完了することはできます。
しかし、こういったサイトではお客様毎にあった定款の作成をできないことは勿論、細部にわたる将来的なリスク等のアドバイスを受けることもできません。
そして、そういう細かいケアこそが私たち司法書士の存在意義だ強くと感じております。
当事務所では、会社の設立段階でお客様のご要望をしっかりとヒアリングした上で、お客様に適したご提案をさせていただくことで、お客様からお喜びの声をいただいております。
会社設立時は勿論、会社の設立後であっても、会社の定款を見直したいというお客様がいらっしゃいましたら、ご相談をお待ちしております。